鎌倉で唯一の"国宝・大仏"がいらっしゃいます

定休日 無休
お詣り時間 ①8:00~17:30(4~9月)
②8:00~17:00(10~3月)
8:00~16:30(大仏胎内の拝観)*入場は16時20分まで
本尊は公開されています

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「戌年生まれ」を護ってくれる阿弥陀如来がいらっしゃいます
「亥年生まれ」を護ってくれる阿弥陀如来がいらっしゃいます

本尊 (ほんそん)

阿弥陀如来

(阿弥陀如来について知りたい方はココをPUSH)

宗派 臨済宗
開基 (寺を建てる時に経済支援をした人あるいは知名度があり力を貸した人) 足利 義兼(あしかが よしかね)
開山 (初めてお寺を開いた僧、初代住持職) 退耕行勇(たいこうぎょうゆう)
山号 (お寺の名称の前にくっつける名前のことです) 稲荷山 (とうかさん)

 

札所 ①鎌倉33観音・第23番 聖観世音菩薩 「観月堂」にいらっしゃいます
②鎌倉6阿弥陀・第1番 阿弥陀如来 「本堂」にいらっしゃいます
(阿弥陀如来について知りたい方はココをPUSH)
 

 
 
 ① 本堂 があります
本尊の 阿弥陀如来 がいらっしゃいます

鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡:あずまかがみ」によると、”1252 年”に大仏が建てられたと言われています。

鎌倉6阿弥陀・第1番です。

銅で造られた仏像で、高さ11.3メートル、重さ約121トンあります。

大仏は・・・
Ⓐ”力強い表情“、”風貌“、”堂々たる体躯“、等の「男性的な特徴」と 
Ⓑ中国の宋の時代の「仏像の特徴」の
それぞれ両方の影響を受けて造られました。

完成当初、大仏は”金箔”で覆われていたと言います。
現在も、向かって左側にかすかに金粉の残りを見ることができます。

造られた頃は建物の中に祀られていましたが、2度の台風と津波で室町時代に建物が壊れてしまいました。
それ以降、現在のように”外で祀られるようになった”と言われています。

そのため如来像の荒廃が進んだために、江戸中期に修復したそうです。
その時に”臨済宗”から”浄土宗”へと宗派も変わったと言われています。

「鎌倉の大仏」、「長谷の大仏」とも呼ばれています。
大仏の中は空洞になっていて拝観できます。
拝観料は”20円”です。

鎌倉で唯一の国宝に指定されている仏像です。
(国の重要文化財について知りたい方はココをPUSH)

境内は国の史跡に指定されています。
(史跡について知りたい方はココをPUSH)


 

② 三門 があります

1768年ごろに建てられました。
山号「大異山」を記された扁額(へんがく)が掲げられています。


 

③ 巨大な わらじ があります

わらじの長さは、1.8M、幅0.9M、重さ45kgあります。
このわらじの長さは、”大仏の耳の長さとほぼ同じ”だそうです。

茨城の子ども達が奉納しています。
茨城県常陸太田市松栄町の「松栄(まつざか)子供会」が、3年に1度“大わらじ”を作成し奉納しています。

 

④ 大仏殿の礎石 (そせき) があります

当初、”大仏を祀っていた建物(大仏殿)の基礎”が残っています。
等間隔に並んでいて”合計56個”あります。


 

⑤ 蓮弁 があります

青銅製の蓮弁が”4枚”あります。

江戸中期に、大仏が乗る蓮の台を作る予定でした。
しかし32枚蓮を作る予定が、4枚のみ完成したそうです。

 


 

⑥ 観月堂 (かんげつどう) があります

15世紀の”朝鮮王宮の建物”です。

「聖観世音菩薩」がいらっしゃいます。
”江戸後期の作品です”
”鎌倉33観音・第23番です”

 


 
 
 
 
⑦ 与謝野晶子の歌碑 があります

雑誌「明星」で活躍した歌人です。

1905年に歌集「舞姫」で発表した歌が刻まれています。
かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼(しゃかむに)は 美男におわす 夏木立かな

 

 

ホームページ:https://www.kotoku-in.jp/
電話番号
0467-22-0703

① 「江ノ島電鉄・長谷駅」から歩いて”約7分”です。
② 「JR・鎌倉駅」西口から歩いて”約30分”です。(2キロ)

高徳院 (こうとくいん)

鎌倉市長谷4-2-28

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